何を聞いてもちゃかしてばかりで、本当はどんな人なのか誰も知らなかったらしい。
私の倍以上の歳の、おじ様。
私は「おいちゃん」と呼び、おいちゃんは私を「姫」と呼んでいた。
未婚で、いつも彼女が何人もいた。
主婦、若い大学生。結婚を迫られない相手ばかりを選んでいると言っていた。
真夜中でも、呼び出されたら会いに行く。
「欲しい」と言われたら、高価なバッグを買ってあげる。
ベンツで、高級なお食事をする。そんなデート。
明らかにお金を使わされているだけのように見える、交際。
おいちゃんが、「寂しいから」と言っていたのを私だけが知っていた。
お休みの日にひとりは、寂しい。
誰かと一緒にご飯を食べたい。
誰でもいい。だから、去っていく相手は追わない。他の相手を見つけるから。
おいちゃんの本音だったのだろう。
おいちゃんは、紳士だった。
女の子を、待たせない。
私を迎えに来てくれるときも、待ち合わせ時間より早く来て待っていてくれる。
コース料理に苦手な食材があると、責任者にスマートに掛け合ってくれる。
しかも、「姫が食べないなら」と自分も合わせてくれる。
お迎えはベンツ。
コーヒーを飲むのにも喫茶店には入らず、ホテルのラウンジ。
お金を出してでも静かにお茶を飲みたいのだとか。
ピアノの演奏を聴きながらお料理がいただけるお店。
個室のある高級カニ料理店。
ジャズを聴きながら呑める、バー。
誕生日には、おいちゃんから花が届く。
プレゼントは何がいい?買ってもらうこともあった。
私の入院中にも大きな花かごが届いて、病院を驚かせたことも。
何も返せない、私。こんなにしてもらっていて。
そして、ついにトラブル。
おいちゃんは言う。「嫌いにならないで」
嫌いにはならないけど、もう外では会えない。社内でだけにしましょう。
まもなく私は結婚のため、退社した。
時々おいちゃんからメールが来ることがあった。
元気?雪、いっぱい降ってる?長靴、買うたろか!
子供が生まれた、と言えばお祝いが送られてきた。
誰より多い、3万円!
茶封筒に雑に入れられ、宛名には『様』もついていない。
私の名前も1つ漢字でさえなかったり。
でもそれがおいちゃんらしかった。
そんなある日、友達からのメールで知る。
おいちゃんが、亡くなったこと。
夜勤の途中で倒れ、そのまま亡くなったと。
久しぶりに会ったおいちゃんは…目を閉じていた。
「姫やで。子供、連れてきたんやで」
おいちゃんは目を開けなかった。何も言わなかった。
おいちゃんがいなくなってから、わかったこと。
私は本気で愛されていたのではないか。
誰にも本気にならないよ、去る人は追わない、と言っていたおいちゃんが
私にだけ「嫌いにならないで」と言ったこと。
高価なものを買わされるのが普通の付き合いだったおいちゃんに、
私だけが何もねだらず、ありがとう、そんな高価な食事でなくてもいいよ、と言っていたんだろう。
退社してからも時々メールをくれていたのは、おいちゃんだけだった。
ホテルの高層階でのコース料理。
驚くような値段のステーキハウス。
個室貸切りの、蟹料理。
数千円にもなる、ケーキセット。
満天の、神戸ルミナリエ。はぐれないように手をつないだ。
思い出はたくさんあるけれど、ただ、元気でいて欲しかった。
おいちゃん。